物質循環の研究

成層圏大気の年代や長期的な変動に関する研究

成層圏大気クライオサンプリング研究グループに参加し、成層圏の物質循環に関する研究を行っています。CO2やメタン、六フッ化硫黄などの濃度の分布やその長期変動などを研究対象としています。国内の観測場所は、JAXA宇宙科学研究所の大気球観測所がある北海道大樹町です(移転前は岩手県大船渡市三陸町でした)。これ以外にも、北極圏にあるスウェーデン・キルナや、南極昭和基地での実験にも参加し、極域の成層圏大気のサンプリングを実施しました。近年は、成層圏内において安定であるCO2やSF6の濃度などを利用して、成層圏大気の年代(古さ)に関する研究を進めています。

温室効果気体は、地表に近い対流圏だけではなく、より上層の成層圏にも広がっ て循環しています。この成層圏の物質循環を支配しているのが、ブリューワ・ド ブソン循環と呼ばれる南北方向のゆるやかな大気輸送です。重要な温室効果気体 である二酸化炭素(CO2)と六フッ化硫黄(SF6)は、大気中で極めて安定な成分 であることから、成層圏の中でも化学的に壊されることなく、ブリューワ・ドブ ソン循環にのって輸送されます。この性質を利用すると、成層圏大気中のCO2と SF6の濃度から、成層圏大気の平均年代を推定し、さらにブリューワ・ドブソン 循環の長期的な挙動を明らかにできると考えられます。 私たちは、日本・ドイツ・アメリカの各研究グループが実施してきた気球観測の 結果を共有し、過去30年間にわたる平均年代の長期変化を調べ、新しい事実を 発見しました。

本研究によって、少なくとも高度24km以上の成層圏では、過去30年間に平均年代が短くなるような傾向は見られない、ということが明らかになりました。しかし、単純に「地球温暖化によって成層圏のB-D循環は変化していない」と結論することはできません。本研究では、24km以下の下部成層圏における南北方向の輸送がどうなっているのかは判らないからです。多くの研究者が、地球温暖化に伴って、対流圏から成層圏への正味の質量輸送量は増大するだろうと考えています。もしこれが事実だとするならば、質量保存の概念から、成層圏のどこかで、これを補償する水平方向の質量輸送の増大があるはずです。上層の平均年代が変化していないことを考慮すると、下部成層圏における水平方向の輸送がこれを担っている可能性があるのかもしれません。今後、この研究成果が数値モデルのための重要な束縛条件となり、観測とモデルの両面からさらに研究が進むものと期待されます。
関連論文


Engel, A. T. Möbius, H. Bönisch, U. Schmidt, R. Heinz, I. Levin, E. Atlas, S. Aoki, T. Nakazawa, S. Sugawara, F. Moore, D. Hurst, J. Elkins, S. Schauffler, A. Andrews & K. Boering, Age of stratospheric air unchanged within uncertainties over the past 30 years, Nature Geosci., 2, 28–31, doi:10.1038/ngeo388, 2009.


Sugawara, S., S. Ishidoya, S. Aoki, S. Morimoto, T. Nakazawa, S. Toyoda, Y. Inai, F. Hasebe, C. Ikeda, H. Honda, D. Goto and F.A. Putri, Age and gravitational separation of the stratospheric air over Indonesia, Atmos. Chem. Phys., 18, 1819-1833, https://doi.org/10.5194/acp-18-1819-2018, 2018.

南極における成層圏大気の観測

国内と同様に南極でも成層圏大気の観測を実施しています。南極での観測は、国立極地研究所が中心となって進めており、「回収気球実験」と呼ばれています。第45次南極観測では観測隊員としてそのプロジェクトに参加しました。第45次の観測隊全員とクライオ実験グループの協力により観測は成功しました。

(昭和基地空撮)

(背景に大陸を望む)

(しらせと海上輸送)

(成層圏大気サンプラーの打ち上げ準備作業)

(装置回収のためのホイスト降下)

(装置へ回収位置のマーキング)

 

成層圏メタンの炭素同位体比とその収支

大気中のメタンは温室効果気体として重要であるばかりではなく、成層圏においてはその光化学反応過程を通して、オゾンを中心とした成層圏大気化学の中心的な役割を担っている。成層圏におけるメタンの反応分解経路は、それぞれ水酸基ラジカル、励起酸素原子、塩素原子との反応に区分されるが、成層圏大気化学を理解するためには、どの反応がどれだけの寄与を持つかを解明する必要がある。しかし、成層圏大気中のメタン濃度を測定しただけでは、それらを区別する事はできない。そこで、我々は大型気球に成層圏大気サンプリング装置を搭載し、成層圏大気を直接採取することによって、そのメタン濃度だけではなく、メタン炭素同位体比を測定した。その結果、メタン炭素同位体比が高度と共に急激に増加していることを発見した。さらにメタンの反応消滅における動的同位体分別効果を組み込んだ数値モデルを開発し、幾つかの消滅シナリオに基づく数値シミュレーションを行った結果、成層圏におけるメタン反応消滅の約14%が塩素原子との反応によるものであることが判明した。


関連論文 Sugawara, S., T. Nakazawa, Y. Shirakawa, K. Kawamura, S. Aoki, T. Machida, H. Honda, Vertical profile of the carbon isotopic ratio of stratospheric methane over Japan, Geophys. Res. Lett., 24, 1997, 2989-2992.

温室効果気体の循環の研究

仙台市中心部における「CO2アイランド」

二酸化炭素と地球温暖化の問題が社会全体でクローズアップされるなか、現在の中等教育においても理科を中心にこの問題が取り上げられています。教科書を含め、様々な教育・啓蒙のコンテンツでは、グローバルな濃度増加を理解するために、例えばキーリング・カーブや、南極の氷床コア分析による過去数百年間の濃度の推移を示すグラフが用いられる場合がほとんどです。一方、自治体、企業、あるいは市民ひとり一人に二酸化炭素排出の削減が求められているにも関わらず、例えば都市大気のような身近な大気の二酸化炭素濃度がどのように分布しているのかを明示している例は意外に少ないのが実情です。グローバルな炭素循環を解明しようとする研究にとっては、ローカルな人為放出はインベントリデータに反映されていれば十分であって、都市のようなローカルなスケールでの大気濃度を研究する価値はあまりないでしょう。しかし、教育・啓蒙の観点からは、自治体のレベル、特に都市域においてどのような人為的活動がどの程度大気に影響を与えているのかを知ることは重要であると考えられます。本研究では、仙台市中心部において大気中のCO2濃度の空間分布を明らかにするために、車載型のCO2濃度観測装置を開発し観測を行いました。観測の結果、仙台市の中心部において特に濃度が高くなり、郊外にかけて低下するという明瞭な傾向が見られました。この都市中心部で濃度が高くなる現象を私たちは「CO2アイランド」と呼ぶことにしました。交通量の多い場所において特に高い濃度が観測されていることから、自動車からの二酸化炭素排出がCO2アイランドの主要因であると考えられます。
関連論文
仙台市中心部における「CO2アイランド」現象、菅原、宮城教育大学紀要43、2008年
仙台市内における高空間分解能の二酸化炭素濃度観測、菅原 他、宮城教育大学紀要47、2012年

仙台市中心部におけるCO2濃度の空間分布

主要幹線道路とCO2濃度の関係

CO2アイランドの概念図

中国における温室効果気体の観測

中国気象科学院・東北大学・総合地球環境学研究所などと共同で中国国内での温室効果気体の観測を実施しました。二酸化炭素濃度やその同位体比、メタン濃度を、中国国内の7つの地点において観測しました。泰山、黄山などの山頂や、西方は新疆ウイグル自治区のフーカンなどで、現地の研究者の協力により定期的に大気をサンプリングしました。
関連論文 Zhang, D., J. Tang, G. Shi, M. Wen, T. Nakazawa, S. Aoki, S. Sugawara, S. Morimoto,P. K. Patra,T. Hayasaka,and T. Saeki , Temporal and spatial variations of the atmospheric CO2 concentration in China, Geophys. Res. Lett., 35, L03801, doi:10.1029/2007GL032531, 2008.

フィルン中の過去の空気の研究

フィルンとは、氷床の表面に存在する氷になる前の層、大気との通気性がある層を指します。大気と氷のインターフェースがフィルンであり、氷床に取り込まれる全ての物質はフィルンを通過することになります。氷床の表面に降り積もる雪結晶は、その上にさらに積もり続ける雪自身によって圧縮されます。ゆっくりと下方に押し流されながら、徐々にその密度は増加し、雪結晶の中にある空隙の体積も次第に小さくなってゆきます。細く、且つ屈曲しながらも大気との通気性があった空気の通り道は、フィルンの密度が0.8 g cm-3程度を越えると、ついに切り離されて(クローズオフ)、気泡として分離されます。このクローズオフ深度において生み出された気泡は、その後さらに圧密を受けながらも、その成分組成をほとんど変えることなく、長い年月にわたって氷に閉ざされます。国立極地研究所などが進める南極ドームふじ掘削計画をはじめとする氷床コア研究において、この気泡の解析が過去の大気における様々な成分の変動を描き出し、気候システムの研究に大いに貢献していることは言うまでもありません。その意味では、この氷床コアの気泡解析で得られる様々な気体成分の組成が、全てかつてフィルンという一種の「フィルター」を通過しているという事実はとても重要なことです。フィルンによって過去の大気の時間的変動が氷床中の深度軸に変換されて「記録」されることになります。この「記録」を精緻に読み解くためには「フィルター」の働きを良く知らなければなりません。その一例が、空気と氷の年代差です。気泡が生成されるクローズオフ深度では、分子拡散のメカニズムによって、空気の年代は数年から数十年程度にしかなりません。一方、その気泡を包含する氷の年代は、クローズオフ深度に達するまでに既に数百年から数千年を経ています。このようにして生ずる年代の差は、氷床コアの気泡解析において必ず考慮されなければなりません。さらに、このような年代差を生む環境が過去何万年、何十万年にもわたって不変であったとは限りません。すなわち、大気の変動は時間発展するフィルンの影響を受けながら、氷床へと「記録」されることになるわけです。このような観点から、氷床コアの気泡解析とフィルン空気の解析を同時に進める必要性があり、さらには氷床コアの解析から過去のフィルンの情報を導き出すためにも、現在のフィルンの仕組みを理解することが求められます。当研究室では、主にこのフィルン層の中での空気成分の拡散を数値シミュレーションによって解析する研究を行っています。
関連論文
Ishijima, K., S. Sugawara, K. Kawamura, G. Hashida, S. Morimoto, S. Murayama, S. Aoki and T. Nakazawa, Temporal variations of the atmospheric nitrous oxide concentration and its isotopic ratios reconstructed from firn air analysis, J. Geophys. Res., 112, D03305, doi:10.1029/2006JD007208, 2007.
Sugawara, S., K. Kawamura, S. Aoki, T. Nakazawa, and G. Hashida, Reconstruction of past variations of d13C in atmospheric CO2 from its vertical distribution observed in the firn at Dome Fuji, Antarctica, Tellus, 55B, 159-169, 2003.
図はグリーンランド・ノースグリップのフィルン中の温室効果気体の深度分布(極地研NEWS、菅原他 より引用)